平素は当ブログをご愛読頂き誠にありがとうございます。さて、突然ではありますが、執筆者都合により、しばらくの間、更新を休止させていただくことにしました。再開時期は未定です。これまでご愛読いただきました読者の方々には、たいへん申し訳ございません。ご理解いただけますと幸甚に存じます。(中島駆)
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今日は番外ということで、文庫本をご紹介します。『明日の記憶』でブレイクした荻原浩が、同作の前に発表した長編小説です。昨年(2006年)ドラマ化もされています。二十一世紀に暮らすフリーターの青年・健太と、同じ歳の第二次大戦中の航空兵・吾一とがタイムスリップして、入れ替わってしまうというストーリーです。“タイムスリップ”も“入れ替わり”も、SFやエンターテインメント小説では、定番ともいえる手法です。いわば、使い古された道具立てで、どれだけオリジナリティあふれる物語を紡ぎだすことができるのか。それが今回の著者の目論見のような気がします。 
社説といえば、“新聞紙面の顔”ともいえる存在です。各紙の姿勢が端的に現れる場であるわけですが、さきごろ、「山梨日日新聞」の論説委員長が他紙の社説を盗用したとして懲戒解雇されました。その後の調査で、計16本の盗用記事が発覚し、同社社長が引責辞任するという幕引きとなっています。紙面の顔に自ら泥を塗ったわけですから、当然の結果といえます。
興味深いのは、この事件が〈一部報道機関〉からの指摘により発覚したという事実です(*)。詳細は明らかにされていませんので憶測でしかありませんが、各紙ともライバル紙の社説に、注意深く目を光らせていることの表れのように思います。実際に、産経新聞などでも朝日の社説に言及した記事を見かけることがありますし、逆のケースもあります。社説欄は、たんに各紙の論説の場というだけではなく、ライバル紙との“論戦の場”でもあるということです。
そんな各紙の社説をひもときながら、専門家が独自の切り口で比較検討しているのが本書です。諏訪哲二、森永卓郎、戸高一成、長山靖生、桜井裕子の五氏が、「朝日」「読売」「産経」「毎日」「日経」「東京」の六紙の社説を、それぞれの専門分野から一刀両断していきます。
テーマは「教育再生」「ホリエモンと村上ファンド」「北朝鮮と安全保障」「靖国と歴史問題」「ジェンダーフリー」の五つです。“勝負”とありますが、どの紙の社説が優れているか、という優劣を競うものではありません。むしろ、各紙の論調は意外にも似通ったものが多く、また必ずしも正鵠を射ていない場合もあるということが、各論者の指摘によって明らかになっていきます。例えば、教育基本法改正問題を論じる諏訪氏が、愛国心の発露は〈「自然発生的」という点で『朝日』と『産経』は同じ〉と喝破している点などに、各紙に共通する“詰めの甘さ”が見て取れます。
ただし、逆に、各論者の持論に都合の良いように解釈され、引用されているケースも散見されますので、その点は注意が必要です。舞台が読売系の中公新書ということからか、「読売」に対しての各論者の採点は“甘め”に感じられます。そうしたバイアスがかかっているということは、心に留めておいたほうがよいかもしれません。本書から汲むべき点は、前書きにあるように、〈社説じたいの面白さと、論争の魅力〉を知ることです。社説比較のノウハウと、そこから持論を導き出すテクニックについては、学ぶべき点が多いと思います。(中島 駆)
(*)「山梨日日新聞論説委員長が「産む機械」社説盗用」(産経新聞/2月6日)
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/event/38177/

昨日は“地域再生”に焦点をあてた新書をご紹介しました。安倍内閣の肝いりだけに、地域の活性化は喫緊の課題とされていますが、そこで意外な注目を集めているのが“方言”です。地域にとっての顔ともいえる方言をもっと理解し、愛でようという動きが高まってきているようです。
驚くべきことに、こうした傾向は、若者の間で顕著なようです。方言研究を専門とする言語学者が書いた本書によると、〈各地の方言をミックスして会話に織りまぜたり、携帯メールのやりとりに使ったり〉する若者が多いのだそうです。なぜなら、〈新語を創造する才気にかけては、若者たちは達人〉であるからです。
「うざい」「~ちった」「うち」「まったり」などの若者特有の言葉は、いずれも方言を元にしているそうです。あるいは、若者たちがよく利用するネットに目を転じても、方言の見直しや復権が進行しています。ワープロソフトの草分けであるジャストシステムの運営する「ほべりぐ」というサイト(*)では、〈方言を通じて、友達を増やそう〉という興味深い試みが行われています。
古くからの“伝統方言”に関しては、退潮の傾向にあると著者は言います。しかし、そうした伝統方言と標準語との相互干渉によって、〈そこに中間的なスタイルが形成しつつある〉ということです。その結果生じた方言を、著者は〈ネオ方言〉と呼びます。その具体例として挙げられるのが、沖縄の言葉です。現地では、老年層よりも若年層のほうが、方言を〈自分たちの地域語として運用している〉のだそうです。この際の方言は、伝統方言ではなく、ネオ方言です。
方言への親しみは、若者たちの地域への愛着を反映するものです。著者らが行った奄美大島でのフィールドワークでも、〈若者の多くは、伝統方言をもっと話せるようになりたいという気持ちをもっている〉という結果が得られたそうです。思えば、宮崎県の東国原知事も、選挙や議会において方言を多用することで住民たちとの距離を縮めています。方言を通じたコミュニケーションが、意外にも地域活性のヒントを与えてくれそうな予感がします。(中島 駆)
(*)「ほべりぐ」
http://hougen.atok.com/

“地域再生”は、安倍内閣の最重要課題のひとつです。昨年10月に「地域活性化策の推進に関する検討チーム」が設置されて以来、会合がもたれていましたが、このほど、〈国が考えた施策を押し付けるのではなく、地域が自ら考え、実行することができる体制づくり〉を目指す「地域再生総合プログラム」(*)が発表されました。
昨年公表された資料(*2)を見てみると、地域再生の具体的な取り組みは大きく3つに分類されています。官民の専門家が地域に出向いて出張相談を実施する「地域活性化応援隊」、インターネットを通じた情報提供による「相談窓口のワンストップ化」、そして「地域再生総合プログラム」に基づく「施策メニューの体系化」です。同プログラムが策定されたことで、法改正を含めた具体的なプランが動き出すこととなります。
とりわけ、近年注目されているのが、ネット活用による地域活性化の事例です。政府の推進するプランにもネットは登場しますが、上意下達的な色合いが否めません。しかし、地域で生まれるネット活用事例は、当然ながら地域住民が主役となるケースが多くなります。そうした具体例を取材・分析したものが本書です。著者はシンクタンクで地域振興を研究してきた専門家だけに、包括的、かつ多角的な視座で、“地域”と“情報化”との接点を探っていきます。
では著者の言う“地域情報化”が、なぜ地方の活性化につながるのか?――その特徴は、まず〈地域で活動する「人」に焦点をあてる〉ことにあるといいます。次に、〈地域づくりの道具〉が自前で開発されること。それによって、〈地域プラットフォーム〉と〈地域メディア〉というふたつの“場”が生じます。〈地域プラットフォーム〉は、〈参加者の相互作用を引き出す協働の場〉です。一方の〈地域メディア〉は、〈情報交流を通じて共通の地域イメージや地域物語を作り、地域の実体を回復させる〉と著者は説きます。
その具体例(成功例)が本書では6例ほど紹介されています。なかでも面白いのが、佐渡島での「お笑い島計画」(*4)。お笑い芸人を観光親善大使として起用し、島に常駐してもらい、〈佐渡の食、自然、歴史、芸能を体験して、インターネットやCATVを通じて〉紹介してもらおうというプロジェクトです。重要な点は、お笑い芸人が島に入り込むことで、島民同士による新たな交流やコミュニティが生まれたというところです。外部への発信に留まらず、地域住民の意識改革をうながしたという意味において、この試みは参考にすべき点が多いと思われます。
こうした事例を読むにつけ、地域再生には、中央が過剰に関与すべきではないのでは? という思いが過ぎります。政府の推進する同プランの目玉には、地方独自の活性化施策を評価し、それに対し地方交付税を上乗せする「頑張る地方応援プログラム」が盛り込まれています。〈3,000億円規模の地方交付税による支援〉と政府は胸を張りますが、この1月に行われた「内閣総理大臣と市町村長との頑張る地方応援懇談会」(*4)では、各首長から不満の声も上がったようです。安倍総理が思い描く地方発の“美しい国”のイメージと、地方の実態との間には、いかんともしがたい温度差があるように思います。(中島 駆)
(*1)「地域再生総合プログラム」(地域再生本部決定/平成19年2月)
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/tiikisaisei/dai9/honbun.pdf
(*2)「地域活性化政策体系~魅力ある地域への変革に向けて~(概要)」(地域活性化策の推進に関する検討チーム/平成19年2月)
http://www.cas.go.jp/jp/seisaku/tiiki/070205gaiyou.pdf
(*3)「お笑い島計画」
http://www.owarai-jima.jp/
(*4)「内閣総理大臣と市町村長との頑張る地方応援懇談会」(総務省/平成19年1月)
http://www.soumu.go.jp/menu_03/shingi_kenkyu/kenkyu/ganbaru_chihou/pdf/060116_sa3.pdf
プロ野球今シーズンのオープン戦がはじまっている。オープン戦の成績は公式戦の予想にはあまり参考にならないと聞くが、それでも球音ひとつひとつにファンならずともあーだこーだといろいろと言いたい向きはあるだろう。
ましてや、いまの巨人ならば。
今年の巨人はどうだろうか。オープン戦初日こそ日ハムに勝ったものの、この原稿を書いている時点(3/4)では、ソフトバンクに2タコを食らっている。
早くも原監督のカミナリが落ちたらしいと聞くが、球団史上初の2年連続Bクラスの屈辱を胸に秘めて臨む今シーズンの巨人テーマは、「奪回」である。
それを掲げてチーム再建に取り組んでいる原監督の心中が、選手たちに伝わるよう願う。そういうぼくもまた、今年は新生・大矢横浜ベイに期待して応援するのである。
本書が出たのは、ちょうど1年まえである。著者の野村も、「自分こそ巨人ファン」と公言して、エールを送ったはずのチームが、まさか4年近くも優勝から遠ざかることになってしまうとは思わなかったに違いない。
いまや巨人は、NHKの紅白と同じように、ぼくには見えてしまう。
TV番組の「定番」であり「権威」も「伝統」もあり、「いじり甲斐」もある。話題には事欠かないが、商品としての「面白さ」も「感動」も見つけにくい。
なぜこうまで、巨人は”弱く”なってしまったのか。本書は、まさにそこからはじまっている。
読売巨人軍の教訓として、アンチ巨人ファンでも知っているのが、「正力松太郎遺訓」である。
・巨人軍は常に強くあれ
・巨人軍は常に紳士たれ
・巨人軍はアメリカ野球に追いつけそして追い越せ
野村は、かつての巨人がこの精神を体現しているチームだったという。
現代野球の基本である、サインやバント、守備、ピッチャーのローテーションなど、現在ごく当たり前になっている戦術を作り上げていたのは巨人だった。
こうした新しい戦術や技術を取り入れながら、勝つことにつねに貪欲であり、いつも挑戦者だったこと、選手ひとりひとりが自分の役割分担を自覚していたことなどが、巨人をV9のような破竹の勢いを体現するようなチームに育てたと指摘する。
また、ここで見落としてはならないのは、どんなに素質ある選手を集めても、中心となる選手がいなければならない。ここでいう「中心となる選手」というのは、仕事だけでなく、生活全般に選手の模範になるような人間のことである。
それがON、すなわち王貞治と長嶋茂雄の存在であった。彼らが率先して練習に励み、模範となることによって他の選手もその影響を受け、より高いステージへと押し上げていったというのである。
しかしONの存在だけでは、常勝するチームにはなり続けられない。創業は易く、守成は難い。
守成の土台になったのは、川上監督時代の人間性重視の教育だと野村はいう。川上監督は、どんな選手であっても、社会人としての基本的な礼儀や道徳、ルール、マナーを知らなければならないとして、選手である前に立派な社会人であれという教育をうるさいほどに口にしていた。
その例を引いて、著者は言う、「『のびのび野球』だけでは絶対に勝ち続けられない」と。
巨人軍の凋落は、V9時代の基本的な伝統が失われてしまったからだと野村は嘆く。
監督の仕事は、「チームづくり」、「人づくり」、「試合作り」である。わけても「人づくり」は第一義に大切で、仕事を通じて人間が形成されていくと説く。
そのサイクルが、やがて組織に無形の力として残り、そのチームに「伝統」を与えていくのだと。
さて、今年、巨人の凋落は止まるのか、そして野村イーグルスは優勝にどこまで近づけるのか。公式戦まで1ヵ月なくなった。個人的には、そんなことは放っておいて、まずはベイのことを心配するわけですが(笑)。(梶尾 保)

任天堂のヒットゲーム「脳を鍛える大人のDSトレーニング」に端を発する、いわゆる“脳トレ”ブームは海を越えてアメリカをも席巻しているようです。記事によれば昨年4月の発売以来、すでに100万本を売り上げているといいます。そのほか、類似商品もあとを絶ちません。カラオケボックスにまで“脳トレ”が登場しているというから驚かされます。
しかしながら、わたしたちは“脳”がどのようなメカニズムで複雑な計算を行ったり、体を動かしたりすることができるのか、じつはよく知らなかったりします。研究者でさえ、いまだ脳のすべてを解明したわけではないといわれていますから、素人のわたしたちが理解できないのも当然といえば当然です。
ですが最前線の研究者が、わかりやすく説いてくれれば、“脳”というものの不思議に少しだけ迫ることは可能のようです。そんなことを実感させてくれるのが本書です。著者は若き脳科学者で、糸井重里との共著『海馬―脳は疲れない』で一躍、脚光を浴びた池谷裕二氏。本書は、池谷氏が中高生にむけて行った講義録をまとめたものです。初版は2004年の発行ですが、それに新たな講義録を加え、このたび新書版として再刊されたようです。
結論から言えば、本書は非常にエキサイティングです。とりわけ、〈人間は脳の解釈から逃れられない〉と題された第二章は必読でしょう。「わずか100万画素しかない視神経で、どうして滑らかな映像を、わたしたちは見ることができるのか?」「〈いま〉と感じている瞬間は0.5秒前の世界」「目ができたから、世界ができた」など、本書は、わたしたちの常識を覆すようなトピックに溢れています。
月並みですが、何度も“目からウロコが落ちる”ことうけあいです。もちろん、神経細胞がどのようにして情報を伝達するのか?といったメカニズムもじつに丁寧に解説されています。早くも本年のベストテンに入る新書に出会えたといえそうです。この知的興奮は、しばらくおさまりそうもありません。シナプスからアドレナリンが湧き出すのを止めることができなくなってしまう“危険な”一冊です。(中島 駆)![]()

中高年世代――とくに男性のファッションへの関心が高まりを見せているようです。主婦と生活社の「LEON(レオン)」や集英社の「UOMO(ウオモ)」などの影響からか、“チョイ悪オヤジ”を目指す男性が増えているのかもしれません。その証左として、産経新聞の01/28付の記事に興味深いトピックを発見しました(*)。
お父さんたちの戦闘服ともいえる“背広”に、〈細身革命〉が起きているというのです。紳士服専門店「AOKI」などでは、いかにも雑誌の影響を反映したと思しき「ジャン・レノ」なるブランドが出現したというから驚きです。奥さんから薦められて購入……というケースが多いようですが、「お父さんだってお洒落をしたい!」というのも案外、男性にとって切実な本音なのかもしれません。
しかし、流行に右往左往するそんな中高年男性に待ったをかけるのが本書です。著者は雑誌記者歴30年以上というベテラン編集者。いわば、流行を作り出す最先端にいた人物です。それが本書では、メディアが唱えてきた嘘や虚像に真っ向から反論を加えています。〈ちょいワルオヤジはモテる〉という“常識”は、〈メディアが流す“インチキ常識”〉と、冒頭からかなり手厳しい批判が飛びます。
では実際にどんな“オヤジ”がもてるのか?――著者の答えは至極真っ当で、拍子抜けしそうですが、〈自然体こそフツーのオヤジの“売り”である〉と説きます。無理して、若返ろう!などと思ってはいけません。また、失敗の経験を豊富に積んでいるオヤジ世代こそ、若い世代にとっての悩みの受け皿たりえます。だからこそ自信を持ちなさい、と著者は口酸っぱく訴えます。
本書は、“モテる技術”と大書されていますが、小手先のテクニックよりも心構えや人生哲学を諭す書といったほうが適切でしょう。そしてなにより、世間の情報に流されないこと。“モテる”という人間の下心をついてくる〈メディア戦略を見抜け!〉と著者は、何度も繰り返します。多少自慢話に聞こえるのが玉に瑕ですが、現役記者からの提言だけに、耳を傾ける価値はあると思います。(中島 駆)
(*)http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/life/36857/

なぜかモテる親父の技術
先ごろ行われた6カ国協議の結果について、国内世論の多くは釈然としていない感があります。例えば、毎日新聞が実施した調査(*1)によると、63%の人が今回の合意について「評価しない」と答えたということです。加えて〈「拉致問題の進展がない以上、北朝鮮への支援はすべきでない」〉という回答が76%にも達しています。
一見すると、拉致問題解決を喫緊の課題とする安倍総理を世論が後押しするかたちではあります。しかし、拉致に関しては今後の作業部会において本格的な協議に入るわけですから、むしろこれからが安倍総理にとっての踏ん張りどころといえそうです。
一方、韓国に対する日本国内でのイメージもあまりかんばしくありません。内閣府による「外交に関する世論調査(平成18年10月)」(*2)を見ると、〈「親しみを感じる」とする者の割合〉は48.5%に留まっています。また、日韓の関係については〈「良好だと思わない」とする者の割合〉が57.1%にものぼっています。“韓流ブーム”と騒がれたわりには、まだまだ両国の理解は浅いままといえるのかもしれません。
そんななかにあって、現地の動向をつねにウォッチしている記者の視点から、朝鮮半島問題を語りつくしているのが本書です。しかも、産経新聞のソウル支局長と朝日新聞の前ソウル支局長による対談ということですから、俄然、興味をそそられます。カバー裏の両著者のツーショットが、すでに企画の勝利を物語っているといえるでしょう。朝日新書というアウェイで、産経側の黒田氏がどれだけ健闘できるか? という点に注目したいところです。
〈歴史認識〉〈反日感情〉〈従軍慰安婦問題〉〈竹島・独島問題〉〈北朝鮮核開発〉――これら諸問題は、戦後から連綿と続く、我が国におけるアジア外交の歴史でもあります。それを「リベラル・朝日」「保守・産経」の両者が論じるということはつまり、両メディアの立ち位置を鮮明にする作業でもあります。産経は〈韓国を下に見ている〉と批判する朝日・市川氏に対し、〈温かく見守るのがいいのか〉と返す黒田氏――両者の対論を通じて、朝日なるもの、産経なるものの全体像がおぼろげながら見えてくる気がします。
本書の利点は、多角的な視座をわたしたちに提供している点でしょう。どちらの意見が正しい、というものではないことは、あとがきで市川氏が〈お互いを切り捨てるのではなく、耳を傾けて反駁することも必要〉と語っていることからも明らかです。それよりも重要なことは、「現在の朝鮮半島で何か起きているのか」という大局的な視野と知識を、ふたりのエキスパートから学ぶことのように思います。(中島 駆)
(*1)「<世論調査>北朝鮮6カ国協議合意「評価せず」6割超」(毎日新聞/2月26日)
http://headlines.yahoo.co.jp/hlωa=20070226-00000076-mai-soci
(*2)外交に関する世論調査(内閣府/平成18年10月)
http://www8.cao.go.jp/survey/h18/h18-gaiko/index.html

朝日VS.産経―ソウル発どうするどうなる朝鮮半島


文科省の資料(*)によれば、平成17年度における国立・公立・私立の小学校中学校での不登校児童生徒数は、122,255人ということです。4年連続で減少傾向にあるとはいえ、全国の42.1%の小学校、および84.3%の中学校に不登校児童が在籍しているといいます。もはや“通学しない”ということを選択する子どもの存在は、当然のこととなっているように見えます。
不登校が継続している理由については〈不安など情緒的混乱〉〈複合(不登校状態が継続している理由が複合していていずれが主であるかを決めがたい)〉といった理由が多くを占めています。子どもたちの抱える漠然とした“不安”が、学校までの道のりを遠くしているといえそうです。
子どもたちは、自分の抱える“不安”を、上手に言葉にすることができません。対する大人の側も、言葉によるコミュニケーションが取れなければ、たちまち手詰まりとなります。結果として、有効な手立てが取られないまま、ずるずると問題を先送りしてしまいがちです。不登校の問題には、そうした悪循環がすべからく存在するような気がします。
本書の著者もまた、不登校経験を持つ大学院生だそうです。大学で社会学を学ぶ著者が、世の中で“生きにくい”と感じている子どもたちに向かって〈無理しておとなにならなくていい〉と説くのが本書です。〈「生きづらさ」を抱える自分と折り合いを付けながら、「コドモ」として居直って生きていくという道だってありじゃないか」〉――自らの体験に裏打ちされた著者の提案は、なかなかに説得力を持って迫ってきます。
ただし、後半からいつの間にかフェミニズムの影響が色濃くなっていく点については戸惑いを覚えます。「運動(ムーブメント)」なる言葉まで登場するにいたっては、著者自らが本書のテーマから著しく離れていってしまっている感があります。ジェンダー論を説くのは問題ありません。しかし、それであるならば、はじめから著者自身の立ち位置を明確にしておくべきでしょう。
本欄ではあまり批判的なことを書くことはありませんが、子供向けの本だけに、特定のイデオロギーに誘導していくようなやり方は感心しませんでした。(中島 駆)
(*)「生徒指導上の諸問題の現状について(概要)」(文部科学省/平成18年9月)
http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/18/09/06091103.htm
by kakeru&tamotu
世界を信じるためのメソッド(…